町長メッセージ2023年度

更新日:2024年03月11日

辰年・缶バッジガチャで被災地支援を!

全国の自治体で唯一「辰」の字がつく町のPRのため、仕事始めの1月4日に職員3名が考案したロゴマークを発表した模様は「町長のページ1月号」でお知らせしました。その後、別の職員がロゴ入りの缶バッジを手作りして町内のイベントなどで無料配布したところ、「私もほしい」「どこでもらえるのか」との声が多く寄せられるようになりました。能登半島地震の被災地を支援したい思いもあり、再び職員提案で「ガチャガチャ」(カプセル玩具販売機)との合体アイデアで役場庁舎と町民会館に1台ずつの設置が実現しました。

 

3月5日の「辰の刻」(午前7時~9時)に合わせて午前9時にお披露目式を開きました。たまたま役場を訪れた1歳の女の子を抱えたお母さんに初利用をお願いしました。100円玉を入れ、ハンドルを回すと「ガチャ!」とカプセルが落下。可愛いらしい竜の顔をしたバッジでした。バッジは全部で5種類ありますが、シークレットデザインのレアバッジもあります。出てきたら超ラッキーです。お母さんは「全種類、コンプリートしたい(揃えたい)!」との感想のあと、「自分でできる被災地支援の方法が分からなかったけれど、これなら日々の暮らしの中でできる!」とおっしゃってくださいました。

息の長い被災地支援が必要です。100円の積み重ねで能登半島地方の方々に寄り添い、応援しましょう!皆さんのご協力をお願いいたします。

令和6年3月

辰野町長 武居 保男

ゼロカーボン・脱炭素社会の実現に向けて

いま、世界では地球温暖化に起因するとみられる自然災害が頻発し、人々の暮らし、命を脅かすようになっています。これから持続可能な地域づくりのために必要なことは、こうした危機を正しく理解すること。そして長期的な視点で取り組んでいくことが求められています。

 

1月13日、二酸化炭素(CO²)排出実質ゼロを目標に掲げる環境イベント「ゼロカーボン・アクション2023」を開催しました。

お天気キャスターで有名な気象予報士の森田正光さんをお招きし、「気候変動~どうなる地球温暖化」と題する講演会では、温暖化の現状や対策を分かりやすく説明して下さり、「現在の環境問題は大変深刻。生態系を崩す地球温暖化は大きな問題であるけれど、努力次第で止められる」と力説されました。

町内の関係団体や企業による体験イベントなど多彩な企画もありました。辰野高校の生徒の皆さんは、不用品を再利用するワークショップやニュースポーツ「モルック」の体験、会場を巡りながらクイズに挑戦するオリエンテーリングのほか、辰高生も出演するドクメンタリー映画「Wende(ヴェンデ)2」の上映会や生徒による環境活動報告もありました。ちなみにWendeとは、化学燃料から自然エネルギーへと転換するエネルギー革命の意味です。

この日、2050年までに二酸化炭素排出量を実質ゼロにすることを目指す「ゼロカーボンシティー宣言」を宣言しました。合わせて、持続可能なエネルギーの推進、温室効果ガスの削減などを目指す「世界気候エネルギー首長誓約」にも署名しました。

 

日本のど真ん中に位置する辰野町からゼロカーボンを発信し、日本中心のゼロポイントがある辰野町が二酸化炭素排出量もゼロポイントになるよう、町民の力を結集し一丸となって取り組んでいこうと思います。目先のことも大事ですが、未来のふるさとのために、未来に生きる人たちのために、快適で美しい自然環境を残す行動を少しずつでも着実に始めていきましょう!

森田先生の講演

辰野高校の発表

町民会館入口の様子

ゼロカーボン川柳

令和6年2月

辰野町長 武居 保男

2024年(令和6年) 「辰」の年に想うこと

全国1,741市区町村の中で、干支の「辰」の字が使われているのは「辰野町」だけのようです。今年は「辰年」。辰年は「時代を動かす『変革』や『激動』の年」とされています。過去においても大きな事件や出来事がありました。

中国の『漢書 律暦志』では「辰」は「ふるう、ととのう」を意味し、陽気が動いて万物が振動し、草木もよく成長して形が整った状態を表すと解釈されています。また、「たつ」(辰、龍、竜)は十二支の中で唯一「架空の生き物」「想像上の生き物」で隆盛の象徴。辰年の特徴は最も幸運で繫栄し、前例のない機会に満ちているといわれています。さらに創造性と情熱を解き放ち、勇気と自信をもって夢を追い求める年であるとも。

この辰野町には、かつて龍が棲んでいた湖があり、その龍が昇天した後に流れ出た水が天竜川になったという伝承があります。ロマンチックな話というより「自然の猛威や天候を龍に見立てた自然への畏怖の念」ではないかと推察します。しかしながら昔の人々は「龍」に対して自然災害からくる不安や世の中の混乱からの救いを求めていたのではないか、そんな気がしてなりません。今、世の中はコロナやインフルエンザが蔓延し、自然災害も多く、国際紛争も出口が見えず、日本経済は物価高騰に苦しんでいます。この状況・様相は、誰かが人間に警鐘を鳴らしていると思えなくもない。「龍」は「架空・想像上の生き物」であったにしても、今、私たちに求められているのは「幸せな社会」をつくり出す「創造力」ではないでしょうか。創造力を発揮して、明るい未来を信じ、夢と希望をもって力強くこの一年を歩んでいきたいと思います。

今年の元日は「能登半島地震」という大変悲しい出来事から始まってしまいました。「龍」の頭の形に似ているといわれる「能登半島」の皆さんに一刻も早い平穏な日々が戻ることを願い、「辰」の字をもつ辰野町からもできうる限りの応援をしていきたいと思います。

2024辰年横断幕のお披露目

2024辰年辰野町ロゴのお披露目

令和6年1月

辰野町長 武居 保男

観光協会設立50周年記念の「冬のほたる」

辰野町観光協会設立50周年に合わせて「冬のほたる2023」(ファイナル花火)が12月2日の夜、荒神山公園でありました。観光協会の皆さんは1年を通して町の様々なイベントを企画します。多くの協賛企業・団体を募り、長期にわたる準備作業から裏方の仕事に徹してくれます。そして、多くの人々に笑顔、感動、癒し、潤いを与えてくれます。「観光」によって、「生きている喜び」を感じ、「幸せな気持ち」にさせてくれます。そうした献身的な活動、町の魅力づくりのご尽力に感謝の気持ちしかありません。

この日のイベントも観光協会の皆さんの陰のお力添えで実現できました。例年の2倍以上の花火が次々と打ち上げられ、集まった人々から歓声が起きました。観客は年々増えています。花火は遠くで眺めるものから、この「冬のほたる」は近くで見上げるものと楽しみ方を変えてくれました。初夏の「ほたる祭り」と師走の寒い時季の「冬のほたる」。どちらも趣(おもむき)があります。いつの季節でも楽しめるイベントがあること、四季折々の表情を変える町の自然の豊かさ、この辰野町にはいっぱい魅力があるんですね。

今年も様々なことが思い出されます。来年もよい年でありますように。皆様、よいお年をお迎えください。

50周年を迎え挨拶する中谷観光協会長

打ち上げられた花火の大輪

令和5年12月

辰野町長 武居 保男

「ほたるの里中学生議会」未来への提案を堂々と

10月31日、辰野中8人、両小野中2人が議員として登壇。若者目線で町政に対しての意見や政策提言・アイデアを堂々と披露しました。また今回は議長役も中学生が担当しました。

交通安全対策を含む道路問題、商店街で不足する駐車場問題、高齢者の移動手段確保、荒神山スポーツ公園内のスポーツ施設の整備、町の魅力発信など、町が抱えている様々な分野の質問が次々と出されました。生徒の皆さんは議会当日を迎えるまで、自分が疑問に思う点を町役場や関係機関に聞きに来たり、調査のため商店街に実際に足を運び商店主から直接話を聞いたりしてきたそうです。疑問点の解消だけでなくどうしたら町がもっと良くなるか、現場の改善策を一生懸命考えてきたようです。自信を持ち、迫力ある語り口からその努力が充分に伝わってきました。

町長である私や担当課長の答弁内容に満足したかは不明ですが、私たちも極力専門用語は避け、できるだけ分かりやすい表現を心掛け、誠意をもって皆さんの質問にお答えしたつもりです。やりとりの最後に「分かりました。ありがとうございました。」との言葉に安堵しました。将来地域を担う子どもたちのため、しっかりとまちづくりに邁進していく決意を新たにした次第であります。

令和5年11月

辰野町長 武居 保男

香港との芸術文化交流のはじまり

今年の「第75回信州辰野ほたる祭り」の開幕日、6月10日にあわせ「ARTabi(アータビ)2023国際現代アートアワード」が辰野美術館で初開催されました。国内外の芸術家から作品を募る国際コンテストです。企画・運営は株式会社ファースト・アイデア・ジャパン(本社・東京都調布市、内山まき社長)、辰野町も共催する形で、まだ無名の若手作家の海外進出を後押しする目的で日本のど真ん中から世界へ、海外進出の登竜門とするコンセプトで立ち上げました。作品を募ったところ世界12ヵ国、16~78歳の作家から374点が寄せられました。そして最高賞のグランプリには香港のフォン・ホイ・シャン・シェリーさんの作品が選ばれました。

7月29日~8月18日には「ARTabi2023in東京」が東京日本橋で開催されました。そして最終章の「ARTabi2023in香港」がこの10月6日に開幕の運びとなりました。辰野町在住の招待作家の方々と香港会場へ行ってまいりましたので報告させて頂きます。

開幕レセプション会場には在香港日本国総領事館首席領事の西海茂洋様をはじめ香港特別行政区政府高官もご臨席され、日本国辰野町との交流を大変お喜びでありました。

今回の香港訪問では日本国家旅遊局香港事務所長の小沼英悟氏から香港から日本へのインバウンド事情の貴重なお話を聞く機会もありました。また香港ではトップクラスの大学で世界的にも評価が高い「香港中文大学」に赴き、ルーカス・タム教授のご案内により大学施設を見学、芸術科専攻の大学生たちとの交流も実現できました。

香港市街地には至る所に芸術作品が展示されております。そして巨大な美術館もその存在を誇示しておりました。こんなにも芸術に力を入れている国だったのかと、初めて知りました。辰野町も「芸術の町」を標榜、自負しておりますが、芸術文化を大事にしている香港の姿は私の心にも強烈に訴えるものがありました。今回のARTabi事業で出会った多くの方々に感謝申し上げ、このご縁を大事にしていきたいと思います。

左からファーストアイデアジャパン内山社長、西海香港日本国総領事館首席領事

香港政府高官の方々と右からデファニー・ウォン氏、シンシア・ヤウ氏

香港の旅行状況を説明する小沼香港事務所長

香港中文大学芸術専攻の学生との交流会

 

香港にある「ビクトリアピーク」と呼ばれる山からの夜景が世界的に有名です。

最後に山の西側と東側から撮った写真をご覧ください。

令和5年10月

辰野町長 武居 保男

絶滅寸前から復活を遂げた「辰野のミヤマシジミ」

皆さん、「ミヤマシジミ」をご存知でしょうか?「シジミ(蜆)?貝の一種?」とお思いの方もいらっしゃるかもしれませんが、絶滅危惧種に指定されている「チョウ(蝶)」の一種です。昭和の時代には辰野町内13ヵ所でミヤマシジミの生息が確認されておりましたが、平成の時代に入ると荒神山公園内「たつの海」南側の1ヵ所だけとなってしまいました。危機感を覚えた愛蝶家の皆さんが2011年(平成23年)に「辰野いきものネットワーク」を立ち上げ、ミヤマシジミの保全活動に取り組み始めました。ネットワークの土田秀実代表から私も蝶の生態等を教わりましたが、数匹しかいない段階からどうやって増やすか、気の遠くなる思いでありました。その後、信州大学名誉教授でミヤマシジミ研究会会長でもある中村寛志先生からのご指導も頂きながら、生息地である池の周りにミヤマシジミが食べる「コマツナギ」を植えたり、周辺の草刈り作業等、地道な活動を続けてきた結果、生息数が増加、今では200匹以上確認できるまでになりました。

先日、8月26日に「ミヤマシジミ観察会」が開かれました。オスは薄い青紫色で、メスは黒褐色でオレンジの紋様があります。小さくて可愛い蝶ですが、交尾の時は強風でも決して離れません。美しくもたくましく生きるその姿につい引き込まれてしまいます。

辰野町はかつて絶滅寸前のホタルに対しても、町民皆様の懸命な保全活動によって復活を遂げた歴史があります。生き物の生態を勉強して、減少した原因を把握し、増加のための的確な対策を講じることが重要です。絶滅してしまえばその美しい姿は二度と見ることはできません。自然環境を守り、そこに住む生き物の小さな命を守り、私たちも一緒に住める環境をつくっていきたいものです。ミヤマシジミを見ていると静かにそんな感情が湧き起ってきます。

指先にとまったミヤマシジミ

観察会に集まった愛蝶家の皆さん

ミヤマシジミオス

ミヤマシジミメス

ミヤマシジミオス

ミヤマシジミメス

令和5年9月

辰野町長 武居 保男

山あいに歓声響く「どろん田バレーボール」

7月23日、辰野町川島で水を張った休耕田で「どろん田バレーボールフェス2023」が開催されました。どろん田バレーはもともと1997年(平成9年)に始まり、川島の風物詩として長年開催されてきました。最盛期には全国各地から800名の参加者が集まりました。しかし今から5年前の2018年(平成30年)、20回目の大会を最後に惜しまれて閉幕しました。20年も続けた地元の皆さんの高齢化によることが一番の理由でした。しかし、伝統あるイベントを復活させたいと願う方々のお力を結集し、昨年4年ぶりに復活、今年も継続して開催することができました。昨年は県内外から9チーム、62名の方が参加。今年はさらに増え、20チーム、180名の方のご参加をいただきました。

開会式 参加者全員の集合写真

コートは3面。ホイッスル(笛)の合図でサーブ。柔らかふんわりボールが相手コートに打ち込まれます。ボールを負いかけようとしても、足が田んぼから抜けません。バタッと前のめりに倒れてしまいます。思うように動けない自分にイライラしながらも、そんな自分自身を笑っています。ゲームが終わればコート中央のネットに双方から寄ってきて、泥の掛け合いが始まります。とても微笑ましい光景です。そして、試合が終われば会場横を流れる川に走り込んでいきます。泥だらけの全身を清流で洗い清めます。とても冷たいはずなのに、温泉に入っているかのような表情を浮かべています。

清々しい空気の中で、思いっきり体を動かし、泥に飛び込み、その感触を全身で浴びます。土の匂い、草の匂い、川の流れに身をまかせ、皆さん、はち切れんばかりの笑顔でした。いい思い出をいっぱいつくったことでしょう。来年また、お会いしましょう!

泥まみれになって、熱戦を展開

試合が終わった後の清流での川遊び

令和5年8月

辰野町長 武居 保男

日本のど真ん中で「一年真ん中の日の集い」

北緯36度、東経138度が00分00秒で交差する地点「日本中心のゼロポイント」がある辰野町の里山「大城山(おおじょうやま、標高1027m)」の山頂で7月2日(日曜日)、1年の「真ん中の日」を記念する催しがありました。

昨日までのどしゃ降りが嘘のように晴れ渡りました。町内外から約60人が参加。願い事を書いた短冊を風船に結び付け、山頂から澄み渡る青空へ放ちました。次第に小さくなっていく風船。願いが天まで届くように、風船が見えなくなるまで眺め続ける子どもたちでした。

このイベントは「日本中心のゼロポイントを護る会」の皆さんが実行委員会を組織し、3年前から取り組んでいます。年々参加者も増えています。家族みんなで、大勢の方が登ってきてくれました。ゼロポイントまでは山頂から約1km。往復1時間はかかります。ゼロポイントのあるところまでの道の整備もして下さっており、案内看板や休めるベンチも設置してくれています。皆さんの優しい心が感じられる道程です。ぜひ訪れてみてください。

私も短冊に書きました。「日本のど真ん中から“元気”を発信!日本中が明るく幸せでありますように。」・・・私の願いも天まで届いたでしょうか?

願いを込めた風船を青空へ放つ子どもたち

日本中心のゼロポイント

令和5年7月

辰野町長 武居 保男

4年ぶりに入場制限のないほたる祭り

6月10日(土曜日)、「第75回信州辰野ほたる祭り」が開幕しました。3年前はコロナ感染拡大のため蛍が生息する松尾峡「ほたる童謡公園」を完全封鎖する事態に。過去2年間は町民並びに町内企業・学校に通勤・通学する方のみ入場できる形をとらせていただきました。そして、今年。ようやく入場制限のないほたる祭りを開催することができました。

コロナに翻弄されたこの3年間は恒例のイベント等は中止しましたが、蛍の保護育成だけは多くの町民の皆さんのお力を得て、水路清掃や草刈り等にあたっていただきました。お陰さまで蛍は3年連続大発生し、息を飲むような絶景を見ることができました。

お祭り初日は1万匹以上の蛍が乱舞。蛍よりも蛍との再会を待ち望んだ観蛍客の方が多く、蛍たちはさぞかしびっくりしたことでしょう。

商店街にも200店舗もの露店が立ち並びました。昔に戻った風情に子どもたちも大喜び。普段は静かな商店街もこの日ばかりは大変な熱気に包まれました。老いも若きも、笑顔いっぱいで皆さん嬉しそうに露店巡りをされていました。

1948年(昭和23年)、75年前から続いてきたお祭りです。幻想的な蛍の乱舞を多くの皆さんに観てもらいたいと、地元の商工会の皆さんが始めたと聞いております。私たちが大事にしている蛍は、その小さな命を一生懸命つないできてくれました。そして私たちも先人の思いを引き継ぎ、次の世代に伝えていく使命を感じています。蛍とお祭りを陰で支えて下さっている多くの皆さんへの感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございます。

蛍 の 乱 舞

歩行者天国の様子

令和5年6月

辰野町長 武居 保男

700年間、お守りしてきた観音様。

辰野町上島区にある国重要文化財「木造十一面観音立像」の造立700年祭が5月2日、3日の二日間開催されました。

この観音像は、今から700年前の鎌倉時代の1323年、善光寺住僧の仏師「妙海」(みょうかい)によって製作されました。虫食い跡一つないこの立像は高さ約89cmでカヤ材を使った一本造りです。昭和9年(1934年)に国宝になったものの、戦後の文化財保護法により重要文化財に指定されました。平成27年(2015年)には長野県信濃美術館主催の「“いのり”のかたち」展に出展し、宣伝ポスターや冊子や写真集の表紙を飾るなど大きく注目されました。

若々しくりりしい顔立ちと美しいたたずまいは圧巻。見る者の目を引き込んでしまいます。大正時代には集落の多くを焼き尽くす大火災に遭いましたが、住民の決死の救出活動で難を逃れました。昭和時代に入ってからも、火災や盗難などから地域の皆さんが必死でお守りしてきた歴史があります。

今回の御開帳では46年ぶりに、触るとご利益があるとされる「回向柱(えこうばしら)」が建立されました。観音様と「善の綱」で結ばれた回向柱に触る人々であふれかえっておりました。世の中の平和と人々の幸せを叶えてくれる観音様に近くで触れ合えることができた二日間でした。

十一面観音立像のお姿

回向柱近くの様子

令和5年5月

辰野町長 武居 保男

「るるぶ辰野町」が出来上がりました!

皆さん、「るるぶ」をご存知でしょうか?そうです!書店の旅行雑誌コーナーに並んでいるあの有名な旅行ガイドブックです。その「るるぶ」の「辰野町版」が出来上がったのです。辰野町はこれまでに多くの民間企業と連携協定を結びながら全国的なネットワークを広げてきておりますが、今回、大手旅行情報雑誌「るるぶ」を発行するJTBパブリッシング様の協力を得て実現したものです。

「るるぶ」は「見る」「食べる」「遊ぶ」の語尾をつなげた言葉です。辰野町の自然や文化、食など盛りだくさんの内容となっております。そして元フードファイターでタレントの「ジャイアント白田さん」にリポーター役をお願いしました。町内の農家で実際に農業体験をしたり、地場野菜をふんだんに使った手料理を味わいながら辰野町の魅力をPRしていただきました。表紙にも登場していただきました。「辰野町には豊かな自然やおだやかな景観がいっぱい。人もとっても優しい」と白田さん。195cmの長身、「大食い大魔神」の異名をとる白田さんは、テレビからの迫力ある印象と違って、笑顔がとっても素敵な優しく朗らかな方でした。

るるぶ編集長の大橋圭子さんは今回の企画から発刊まで、何日も辰野町に滞在してくれました。ご自身で歩いて、実際に自分の目で見て、感激・感動したことばかりをまとめたとのことです。自信をもって読者の皆様にお伝えしたいことばかりだと話されておりました。多くの方々のご協力で完成いたしました。ありがとうございました。

1万7千部印刷しました。希望者には無償提供いたします。多くの皆さんに手に取ってもらい、読んでいただければと思います。

るるぶ辰野町版の表紙(JTBパブリッシング)

ジャイアント白田さんとツーショット

私が小さく見えます・・・。

令和5年4月

辰野町長 武居 保男

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〒399-0493 長野県上伊那郡辰野町中央1番地
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